学校長より




森 章


 



   私には小学生と幼稚園児の男の子の孫がいます。ボールを追いかけ自転車に乗り、虫を捕まえるのが大好きな孫たちの、その瞬間の顔は明るく可愛らしく輝いています。大きな笑い声や元気な話し声は、傍で見ているだけでも元気がもらえそうな気がしてきます。

次の瞬間母親である娘の一言で雰囲気は変わります「そろそろ自転車とボールを片づけて。手を洗ってウガイして」すると、もっと遊びたい・片付けはしたくないとの空気に包まれます。片付けをしている顏は明らかに走り回っていた顔ではないのです。嫌いだけど言われたから、仕方なしで片付けをしている雰囲気が漂います。そしてご飯の時にも、孫たちの顔が変わります。大好きなご飯のオカズのときには笑顔でパクパクと豪快に食べまくりますが、きらいな食材が入ったオカズのときにはお茶碗に移したりお皿に移したりしながら、時間を引き延ばしている様子がうかがえます。次の瞬間「早く食べなさい」の声に泣きそうになりながら食べ終わる姿をみて、また一段成長しているかな?と微笑む瞬間でもあるのです。

さて孫の話で始まりましたが、今の子ども達や高校生、そして大学生や若い人たちは同じように好きと嫌いがはっきり区別?分別?され過ぎている気がします。

 【好きな事は懸命に、嫌いな事は避ける】

子どもの頃から、好きな食べ物を食べて、好きなオモチャで遊び、好きなところに親に連れて行ってもらう生活をする。学校に通うようになれば好きな友達とお喋りをして、好きな場所に遊びに行って好きなように時間を過ごし、好きな時間に帰ってくるのです。この間に嫌いなことは殆ど無いのです。

これを繰り返していれば、やがて自分勝手な生き方、自己中心的な考え方になってしまうのです。でも幼いころからの生活習慣ですから、本人も親も気がつかないで時間だけが過ぎてゆくのです。すると嫌いなことが身に迫れば、好きなことだけの経験しかないので、明らかに嫌いなことから身を遠ざけ、避けるようになり、嫌いな相手に拒否反応をするのです。

勉強や部活動でも嫌いな科目や単元は嫌そうな雰囲気指示されれば無視をするか何でやらなければならないのとふて腐れる態度が出てしまうのです。人がコミュケーションで大きな失敗や悩みを抱えるのが、実はこの好きと嫌いに原因があるのです。

大人も、ご近所(子供会、町内会、消防団など)や親戚とのお付き合いは嫌い、子どものスポーツの習い事の集まりは好きだから参加する、仕事も指示されたことは頑張り、好きな事だけは一生懸命にこなすうちに、気がつけば本当の友達がいないことに気づき悩みだすのです。そこで大切なことは好きと嫌いの間に、嫌いだけど笑顔で頑張ってみる、少しだけ我慢してみる、そして我慢が出来たらもう少し頑張ってみる階段を昇ることが大切だと思うのです。日本人は白か黒と区別して争うよりは白と黒の間には「灰色」があることを発見したのです。ならば好きと嫌いの間に「好きじゃないけど、嫌いだけど」頑張ってみるかの心が欲しいものです。

 

(平成29年7月)

 

 

 

 

 

 
【ひと言】~From the Principal~
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2017/07/29

学校長より

| by 教004

釣り好きな人は「鯛」を釣りあげると大きな喜びがあるようです。鯛という魚の価値と、釣り上げるときの手と体に伝わる躍動感で、何とも言えない喜びと充実感に包まれるのだそうです。そんな「(タイ)」が女性でも男性でも、老いも若きも心の中の水槽には三匹は泳いでいるそうです。さてどんな「三匹の(タイ)」なのでしょうか。

一匹目は「人に認められタイ」 これは誰もが持っている、自分の存在に気がついて欲しいという願望のタイです。大勢の仲間が元気よく活躍していても、私は何十分の一、何百分の一の存在ではなくて、貴方からみて、出来るならば唯一の存在として認めて欲しいと思う心が飼っているタイです。

存在を無視され、気がつかれなかった時の落ち込みかたは想像以上の苦しみを伴います。家庭でも学校や職場でも、大人から子供までも同じように心に大きなダメージが残ってしまい、弱って泳げなくなってしまいます。だからこそ貴方は私にとって大切な存在なのですよと、認められると人は頑張りタイとやる気を出すのです。

二匹目は「人に褒められタイ」 これは仕事も勉強や部活動でも、何気ない挨拶や言動も注意や指導を受けるよりは、大いに評価して欲しい、褒めてもらいタイという願望のタイです。

出来て当たり前のことでも、やって当然のことであっても、良くやりましたねと個人的に褒められタイ。できれば大勢の人前で褒められタイと思う心が飼っているタイです。

 貴方の笑顔素敵ですねと、誰かに褒められた人は、その後の人生で笑顔を意識して明るく生きられると思うのです。少しの成果でも、素直に褒めてあげて次も頑張ろうと励まされれば、温かな気持ちでまた歩けるのです。何かに失敗して挫折して、ガンガン怒られて泣いて悔しがった。そのあと泣きながら立ち上がって、歩き出したら周りから褒められた。このような経験があると、人は嬉しくなって、自信を持って今まで以上に真っすぐに前を向いて、苦しさ辛さにも挑戦していく勇気が湧く強い人になるのです。

三匹目は「人の役に立ちタイ」 自分が頑張っているだけでは、けっして満足できない何かがあった。前をむいて結果を残したら「一匹目の、人に認められタイ」をしっかり捕まえた。さらに前を向いて少し辛抱しながら踏み出したら「二匹目の、人に褒められタイ」も捕まえることが出来た。

しかしいつしか前を向いて歩いているのに、少しだけでも人が羨む結果が出ているのに、何か物足りなさを感じる時があります。

そんな時に今までは、自分自身が頑張って認められタイと思っていた。結局は自分だけが良ければ良いと思っていたと我が身を振り返せば、これからは自分のためだけではなく人のために役に立とう。なにか社会に貢献してこの地域で、大きく言えば日本のため、世界のために役に立ちタイ。役に立っていると実感すると、人は思いもよらない活力が湧きあがって来るのです。

それが誰かが必要としていてくれるから頑張りタイ、人のために役に立ちタイ。この三匹目のタイを成長させると、人生の成功者になれるのです。

 
(平成29年3月)


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